新内横丁の調べから(23)
海外演奏旅行(14)イギリス編 ③ – スコットランド
古都エジンバラで詩を原語で語る
人間国宝鶴賀流十一代目家元 鶴賀若狭掾
目的地訪問の運転は僕もやるがほとんど弟子の鶴賀伊勢吉がハンドルをにぎり、僕がナビゲーター。鶴賀伊勢吉は免許取立てであったが良く頑張った。本来の新内の仕事より骨が折れたと思う。
ロンドン市の中心部の道路は慣れないと非常に分かり難い。迷って何処を走っているのか分からなくなって往生した。だが郊外は殆ど信号がなく、ラウンドアバウト(ロータリー)が大変に合理的であると感心した。日本にももっと取り入れるべきである。 ロンドン市内から一路北へ車を走らせた。なだらかな丘陵地を地図を見ながらスコットランドへ入る。途中で中世のお城の廃墟を見つけて観光しながら走り小学校を訪問してエジンバラに到着。
今回最も訪ねたかった古都で、中世そのまま遺す旧市街と古城。落ち着いた街並みと石畳を歩くと現代を忘れさせる。日本の古都とは違った趣がある。エジンバラ城に登るとタイムカプセルに入って中世の騎士になったような気分になった。
出掛ける前に私の娘に是非食べて来いと言われて、紹介された店でハギスを食べた。「ウーンこの味は好き嫌いがあるなあ」、私はまあ好きだけど。
他の店でワインとスコッチウィスキーでムール貝を鱈腹食べて大満足。
さて本業に戻る。
まず総領事に招かれてのレセプションが領事館で開催された。総領事ご夫妻をはじめエジンバラ大学の関係者、駐在の商社の日本企業の駐在員他20名程がいらした。
舞台もない応接間で新内「らん蝶」を語った。ほとんどスコットランド人ですので、曲の内容を簡単に説明してから日本語で語った。
約15分の演奏であったが、前列に座ってた当地の女性がハンカチで涙を拭っていた。曲の内容と哀愁ある曲調に感動したと述べていた。繊細な感性の持ち主なのでしょう。スコットランドが一段と好きになった。
明くる日は、エジンバラ大学の講堂での演奏会。前夜の領事館に来た人たちも含めて150名程が集まった。歴史ある素敵な講堂内で、静かに開演を待っていてくれた。
まず日本語で新内を2曲語った後、私は当地のスコットランド語で語りたいものがあったのです。それは「蛍の光」等の作詞で日本でも知られる、スコットランドの英雄的な詩人「ロバート・バーンズ」の詞(レッドレッドローズ)を新内風に即興で語るというものです。しかもスコットランド語で語る。当地の原語は英語とはかなり相違がある事はご存知の方も多いと思う。このパフォーマンスは少し困難な挑戦かとも思い心配であったが、これはこの大学へ来る事が決まっていたときから温めていた演奏である。
お集まりの皆さんは興味津々の面もちで始まるのを待っている。近頃滅多にない舞台だと三味線を弾く手も語り口にも集中力を高め真剣である。約十分の演奏であった。私も少し緊張、聞く人も緊張しているようだ。語り終えた。さあどうなのか反応は…?
立ってお辞儀をすると大きな拍手とともにスタンデイングオベーションで、喝采を送ってくれた。この拍手は自国の英雄作家の詩を現地語で新内化して語った意欲と熱意に対してのお礼と、親しいみを感じて下さったのと、社交辞令も入っているのでしょうが、私は素直に嬉しかった。これが理解し合える親善外交といえると思う。
終演後、ロバート・バーンズを研究している先生が私に「2~3年後にバーンズのミュージカルを日本でやりたい、本も出来てあるので是非協力をして下さい」と言ってきた。でもその後何も通知がないので実現しなかったのかな。
因みに「蛍の光」は英語圏では《大晦日ソング》として唄われているのです。
スコットランドの歴史と芸術に敬意を表しつ、音楽の道で一つの交流が繋がったと感じつつロンドンに車で戻る。
海外公演は苦労の連続であるけれども、観光旅行では味わえない経験と感動に出会える楽しみが多い。特にこの文化交流使の仕事は、個人で総てを企画し作戦を練っての遠征である。今思えば四45日間の海外公演は、生涯忘れ得ぬ楽しい貴重な体験の連続の想い出となった。