フランス新内公演紀行(2)
第2回 パリの空の下 新内が流れる
新内協会理事長・新内節人間国宝 鶴賀若狭掾
6月の下見とは違いかなりの寒さを予想して重装備で乗り込む。
今度は中型バスの出迎えで何の心配もなく市内に到着する。
新内3名、日舞1名、八王子車人形2名、照明1名。随行1名の8名は、そのままパリ日本文化会館へ直行した。
随行のステファニー(伊勢笑)は下見にも同行したが、私の海外公演には度々一緒に行って、通訳やら舞台スタッフの一員や、私の付き人等と、何かと世話になり本当に助けてもらっている有り難いお弟子さんである。
そして何時も自費参加である。
会場へ入ってから直ぐに照明の仕込みや舞台機構のチェックと、休む間も無しの強行軍。
日本文化会館はエッフェル塔の近くでセーヌ川沿いにある。
ホテルも会場の近くで何かと便利である。パリのホテルは狭くて高くて、三星でも日本のビジネスホテルよりお粗末である。トイレはウオシュレットなど何処にもない、エレベーターは狭くて不便、フロントの教育も悪い。
カフェテリアは何処の店もまずいし高いし、良いとこ無しで、余り多くを期待してはいけない町である。パリはそれが全てではないけれども、観光地にしてはどうも頂けない点が多いと実感した。パリ在住の日本人も食べ物は正直美味しくないと言っているから、まああまり期待はしない方が宜しい。高級レストランは多分美味しいとは思うが。
横道に逸れたが、公演は翌日の午後八時開演。朝から仕込みとリハーサルで大忙し。スタッフは一人で、大勢連れて行く余裕がないので全員が何でもこなす。歳なので私には結構ハード。
さあ本番を迎える。新内浄瑠璃が主体の今回の公演である。
パリっ子に受け入れられるか、理解されるか、そしてお客が何人来るのか…と案じつつ幕が開いた。
竹内館長の丁寧で行き届いた解説で始まる。続いて私の「蘭蝶」である。
場内は暗いが上まで見えた。殆ど満席である。アア良かったと演奏より先ず安堵した。
2曲目は新内舞踊「広重八景」。鶴賀伊勢吉の語り、新内勝志壽の三味線である。
花柳貴比さんは衣裳も鬘も化粧も全て自分でやる。流石に衣裳の着付けを女性2人が手伝っていた。
3曲目は私の新内「一の谷嫩軍記」組討ちの段で、上の段と下の段に分けた。上が素浄瑠璃、下は車人形の古柳さんと柳時さんに熊谷次郎と玉織姫を演じて貰った。
全員が疲れも見せず元気に、語り、弾き、踊り、演じ、流石にプロは凄い、逞しいと感心。 最終演目が終わった。さあ反応はどうだ。大きな拍手がきて、カーテンはないがカーテンコールの拍手はきたのであった。海外公演は大抵の会場でカーテンコールはある。然し今回は特に感動した。全員がそう感じたと思う。
パリの空の下、セーヌ川の畔に新内は流れた。嬉しかった。
2日公演であったが2度とも同様に観客に受けたのであった。
ロビーでの打ち上げレセプションでもいい感触であった。
2回とも観客の八割はフランス人であった。どのような反応であったのかと案じていたが、好反響であったと帰国後に聞く。ただ惜しむらくはフランス語のテロップを出さなかったのが残念であった。観客にも指摘されたようで反省材料である。
2日目に楽屋へ差し入れてくれた竹内館長のおにぎりとハンバーグが最高であった。栄養失調気味の私はこれで生き返った。
丁度この時期、グラン・パレ国立ギャラリーで葛飾北斎展が開催中で、会場は長蛇の列で大人気。パリは日本ブームである。
2日目の後、パリの日本大使館で打ち上げ会を開いて頂いた。8名全員と日本から応援に駆けつけて下さった10数名の方々も含めて、美味しい日本料理とワインをご馳走になり、気が付いたら午前1時であった。大使閣下のご厚意に感謝感激であった。
翌日は「ルレーシャトー」の国際大会が日本大使館であった。ルレーシャトーとは、ミッシェランと同じようなホテルやレストランの格付けする組織で、かなりグレードが高い審査があり、まだ日本にはこれに加盟されている店は少なく、非常に権威のある機関である。
私の友人で松本の扉温泉にある名旅館「明神館」のオーナーである斉藤氏のご子息が、日本と韓国のその支部長に就任している。
丁度私達がパリに居合わせたので、その国際大会の席に、お祝いとして新内祝舞踊「三番叟」を演奏した。50数カ国から集まった外国人の前で披露したが、日本の古典芸能を鑑賞して頂く良い機会を得た。
物珍しさもあってか大変に喜ばれたと、やはり後日に大使からメールで知らされた。
そしてその夜、日本文化会館館長さんを交えて、日本人のオーナーシェフのモンパルナスにあるフランス料理店へ行く。京都料理風のフランス料理で、大変に美味しく且つリーズナブルで、パリっ子にも人気度も高い店であった。日本人の繊細な感性と素晴らしい味覚の料理で、フランス人も魅了するのである。
そして翌朝に次の公演地のボルドーへ新幹線TGVで向った。
「邦楽の友」より
2015年5月号