フランス新内公演紀行(1)
第1回 パリの空の下 新内が流れる
新内協会理事長・新内節人間国宝 鶴賀若狭掾
日本文化会館の方々と共に[/caption]10年振りにパリヘ行ったのが昨年の6月であった。11月に催す公演の下見と打ち合わせを兼ねて、私と花柳さんと弟子のステファニーの3人で出掛けたのである。
パリ市街は東京と違って新しい高層ビルが建てられないのか、以前と余り変わっていないと思う。
会場予定のパリ日本文化会館へ行き、舞台や舞台機構の説明やら、演目の相談をした。
公演なしの下見の気楽な旅とのんきにやって来たが、それがいやはやとんだ目に会った。
まず空港へ着いた初日から大変苦労したのである。荷物を取ってバスで市内に行こうと玄関口に出た。そこにはバスもタクシーもない。一体どうしたのだろうと聞いてみると、「今日はタクシーもバスもストライキで走ってない」との事であった。
サア困ったぞ、どういう手段で市内のホテルへ行けばいいのか。聞いてみると電車を乗り継いで行きなさいと教えられた。大きなスーツケースを持っての移動で、汗だくで地下鉄に乗り換えホテルへ向かう。エスカレーターもストップしているし、乗り換えも不案内で、参ったこと此の上無し。
漸くホテルに着いた時にはヘトヘトぐったり。下見とはいえ3名の個人的な旅行であり、付き人はおらず苦難のアクシデントから始まった。然し同行の女性2人の力持ちには助けられた。
6月のヨーロッパは好季節である。花のパリも浮いた気分で数日間、雨にも相変わらず振られずにそれなりの滞在であった。
然しまた災難に会った。プランタンで買い物した日曜日の午後、街頭の骨董市をブラブラひやかして歩いた。天気も良く、さして購買意欲の起こらない〈のみの市〉を見て、途中カフェテリアで美味しくない食事をしてからオペラ座へ向かう大通りを歩いていた。
すると前から来たマダム「ファスナーが開いているわよ」と連れの日本舞踊家の花柳貴比さんのリュックを指差した(勿論フランス語で)。
咄嗟にやられたと思いリュックを見た。アア!
盗られた。財布がない。中身は500ユーロとカード3枚。
慌てたがモウ遅い。腹立たしいがモウ仕方なし。
現金よりカードが心配である。なかなかカード会社と連絡が取れなかったので、日本大使館に電話してカード会社に無効の手続きをお願いし、まず事なきを得た。
今考えると前からきて教えてくれた美人マダムは何者だったんだろうか…怪しいな、「グルだな!」と思った。
生き馬の目を抜くパリだから気を付けましょうぜ、との教訓を胸に納めた次第であった。然し私は海外40カ国以上回っているが、掏られた事は一度もないのだが…。
この後パリからボルドーへ行き、やはり会場の下見と期待のボルドーワインを飲んで帰国した。
それから半年後の11月に公演本番に8名でパリに入った。
「邦楽の友」より2015年5月号